サッカー・カップ戦 天皇杯
天皇杯 1971(第51回)
三菱重工がヤンマーを3-1で破り、天皇杯初優勝。1967、1968年度の準優勝を経て、3回目の決勝で初めて頂点へ届きました。
公式確認日:2026.08.28
TOURNAMENT FLOW
大会の流れ
横に追うと、現在地と次に見るラウンドが分かります。
- STEP 1
準々決勝
12月
8チームから4強へ
- STEP 2
準決勝
12月
三菱とヤンマーが元日へ
- STEP 3
決勝
1972年1月1日
三菱 3-1 ヤンマー
横にスクロールできます →
RESULTS / BRACKET
二度の準優勝を越え、三菱重工が初めて天皇杯を掲げた
この年度の物語
二度の準優勝を越え、杉山隆一と三菱重工が最初の杯へ届いた
JFAの歴代表では、三菱重工は1967、1968年度に続く3回目の決勝で初優勝しました。相手は、釜本邦茂を擁するヤンマー。JFAの日本サッカー100年史コラムは、メキシコ五輪後の三菱対ヤンマーで杉山隆一と釜本の対決を目当てに国立競技場へ4万人が集まったと伝えています。そのライバル関係の延長にあった元日決戦で、三菱が3-1と勝ち切りました。現在の浦和レッズとセレッソ大阪へ続く系譜を知ると、半世紀前の決勝が今の対戦にも重なります。
OFFICIAL VIDEO
公式動画で振り返る
公式情報・確認元
主催団体の一次情報を基礎に、古い決勝スコアなどは確認元を併記しています。最終更新:2026-08-28
次に見る
三菱重工が前年王者の日立製作所を2-1で破り、2大会ぶり2回目の天皇杯優勝。JSL1部も制し、現在の浦和レッズへ続くクラブが国内二冠を達成しました。
完了日立製作所がヤンマーを2-1で破り、天皇杯初優勝。JSL1部でも初優勝を果たし、ユニフォームを水色から黄色へ変えた年に国内二冠を達成しました。
完了ヤンマーが前年王者の東洋工業との延長戦を2-1で制し、1968年度以来2回目の天皇杯優勝。大会50回の節目を一得点差で制しました。
完了東洋工業が立教大学を4-1で破り、1965、1967年度に続く3回目の天皇杯優勝。立教大学は、JFAの歴代表で大学チームとして最後に決勝進出欄へ名を残しました。
開催中全国88チームが元日の決勝を目指す一発勝負。8月26日に2回戦を終え、次は9月23日・10月7日の3回戦です。
完了FC町田ゼルビアが決勝でヴィッセル神戸を3-1で破り、クラブ初の主要タイトルを獲得した大会です。
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