サッカー・カップ戦 天皇杯
天皇杯 1932(第12回)
慶応クラブと芳野クラブが西宮・甲子園南運動場で決勝を戦った第12回大会。慶応クラブが5-1で日本一になった一戦を、当時のチーム名とともに振り返ります。
公式確認日:2026.08.28
TOURNAMENT FLOW
大会の流れ
横に追うと、現在地と次に見るラウンドが分かります。
- STEP 1
全国大会
1932年
当時の大会方式で日本一を争いました。
- STEP 2
決勝
西宮・甲子園南運動場
慶応クラブが優勝しました。
横にスクロールできます →
RESULTS / BRACKET
決勝結果
西宮・甲子園南運動場で行われた決勝。慶応クラブが日本一になりました。
この年度の物語
慶応クラブがつないだ、1932年の日本一
慶応クラブは西宮・甲子園南運動場で芳野クラブと対戦し、5-1で日本一になりました。大学、旧制学校、地域クラブが同じ舞台で競い、現在とは異なる日本サッカーの広がり方がチーム名にも残っています。 現在のクラブ名だけに置き換えず当時名を残すことで、どんな学校、地域、企業から全国大会へ挑んだのかが見えてきます。前後の年度も続けて読むと、強豪の移り変わりを一本の歴史として追えます。
OFFICIAL VIDEO
公式動画で振り返る
公式情報・確認元
主催団体の一次情報を基礎に、古い決勝スコアなどは確認元を併記しています。最終更新:2026-08-28
次に見る
1934年の全日本選手権は、JFAの歴代記録で「極東選手権準備のため中止」とされています。結果がない年も大会史の一部として、前後の年度と一緒にたどれます。
大会終了東京OBクラブと仙台サッカークラブが東京・明治神宮競技場で決勝を戦った第13回大会。東京OBクラブが4-1で日本一になった一戦を、当時のチーム名とともに振り返ります。
大会終了東京帝大LBと興文中学が東京・明治神宮競技場で決勝を戦った第11回大会。東京帝大LBが5-1で日本一になった一戦を、当時のチーム名とともに振り返ります。
大会終了関学クラブと慶応BRBが西宮・甲子園南運動場で決勝を戦った第10回大会。関学クラブが3-0で日本一になった一戦を、当時のチーム名とともに振り返ります。
開催中全国88チームが元日の決勝を目指す一発勝負。8月26日に2回戦を終え、次は9月23日・10月7日の3回戦です。
完了FC町田ゼルビアが決勝でヴィッセル神戸を3-1で破り、クラブ初の主要タイトルを獲得した大会です。
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