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サッカー・カップ戦 天皇杯

大会終了 1925年・第5回大会

天皇杯 1925(第5回)

鯉城蹴球団と東京帝大学が東京・明治神宮競技場で決勝を戦った第5回大会。鯉城蹴球団が3-0で日本一になった一戦を、当時のチーム名とともに振り返ります。

公式確認日:2026.08.28

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王者
鯉城蹴球団
決勝
3-0 vs 東京帝大学
会場
東京・明治神宮競技場

TOURNAMENT FLOW

大会の流れ

横に追うと、現在地と次に見るラウンドが分かります。

  1. STEP 1

    全国大会

    1925年

    当時の大会方式で日本一を争いました。

  2. STEP 2

    決勝

    東京・明治神宮競技場

    鯉城蹴球団が優勝しました。

横にスクロールできます →

RESULTS / BRACKET

決勝結果

公式情報を見る ↗
決勝
1925
鯉城蹴球団 3-0 東京帝大学

東京・明治神宮競技場で行われた決勝。鯉城蹴球団が日本一になりました。

確認元 ↗
ONE CUP STORY

この年度の物語

鯉城蹴球団がつないだ、1925年の日本一

鯉城蹴球団は東京・明治神宮競技場で東京帝大学と対戦し、3-0で日本一になりました。全国大会が生まれたばかりの時代で、地域の蹴球団や学校を母体にしたチームが日本一を争っていました。 現在のクラブ名だけに置き換えず当時名を残すことで、どんな学校、地域、企業から全国大会へ挑んだのかが見えてきます。前後の年度も続けて読むと、強豪の移り変わりを一本の歴史として追えます。

OFFICIAL VIDEO

公式動画で振り返る

この年度を扱う埋め込み可能なJFA公式YouTubeは確認できませんでした。公式記録と決勝会場資料から大会を振り返れます。

公式情報・確認元

主催団体の一次情報を基礎に、古い決勝スコアなどは確認元を併記しています。最終更新:2026-08-28

次に見る

大会終了
天皇杯 1927(第7回)

神戸一中クラブと鯉城クラブが東京・明治神宮競技場で決勝を戦った第7回大会。神戸一中クラブが2-0で日本一になった一戦を、当時のチーム名とともに振り返ります。

開催中止
天皇杯 1926(開催中止)

1926年の全日本選手権は、JFAの歴代記録で「大正天皇崩御のため中止」とされています。結果がない年も大会史の一部として、前後の年度と一緒にたどれます。

大会終了
天皇杯 1924(第4回)

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大会終了
天皇杯 1923(第3回)

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開催中
天皇杯 2026(第106回)

全国88チームが元日の決勝を目指す一発勝負。8月26日に2回戦を終え、次は9月23日・10月7日の3回戦です。

完了
天皇杯 2025(第105回)

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CUP ARCHIVE
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